家族信託(民事信託)は、当事者(委託者・受託者)の信頼関係を基に財産管理を託すものなので、家族信託における受託者は、家庭裁判所に選任してもらう成年後見人等よりも柔軟な財産管理方法(例えば、定期的に子や孫に財産を贈与したり、財産を投資に充てたりなど)が可能となります。
成年後見制度は財産を保護することが目的なので、財産を処分したい・家を建て替えたい・資産運用したい・相続税対策がしたい等の行為は原則としてできません(裁判所の許可を得てすることは可能)。
また、後見人は裁判所の監督下に置かれるので、裁判所に対する定期的な報告も必要になりますし、後見人や後見監督人への報酬も発生するため、その費用もかかってしまいます。
一方、家族信託(民事信託)の場合は、裁判所は関与せず、信託目的に沿って受託者が自由に財産を管理・処分することができます。
受託者に対する報酬なども当事者が自由に定めることができるので、受託者の報酬を無報酬にすることや、毎月〇万円にすることなど、後見制度にはない柔軟な取り決めが可能になります。
また、後見制度の場合には本人の財産は全て後見人の管理下に置かれますが、家族信託の場合にはどの財産を信託財産として信託の設定をするか自由に決めることができるので、不動産と預貯金の一部は信託財産に入れて、その他の財産は自分で管理していく(後見制度や遺言でカバーしていく)ということも可能です。
さらに、後見制度は本人の判断能力が低下しないとその利用ができないのに対し、家族信託(民事信託)では判断能力が低下する前からでも財産管理を委託することができます。
判断能力はしっかりしてるけど体力的に様々な手続をするのが困難であるという場合には、家族信託(民事信託)が有用です。
ここで誤解頂きたくないことは「成年後見制度が使えない制度である」と言っているわけではありませんし、「家族信託(民事信託)は万能な制度である」と言っているわけでもありません。
家族信託と成年後見制度はメリット・デメリットはありますが、お互いの不足部分(デメリット)を補完し合う関係であると考えています。
なお、成年後見制度は、家族信託(民事信託)では対応できない下記のような場合にも対応できる制度です。
① 後見人は身上監護権を有するため、介護・医療契約、介護施設入居契約や生活保護申請など本人の権利擁護に対応できる
② 本人の法定代理人となるため、各種手続き(遺産分割協議など)に対応できる
③ 年金の管理が可能
④ 全財産を包括的に管理できる など
このように、成年後見では家族信託で対応できない部分に対応できるので、「家族信託を使えば成年後見制度は必要ない」ということではなく、家族信託と後見制度を併用して進めていくということも検討する必要があります。
家族信託 | 法定後見 | 任意後見 | |
制度の目的 | 柔軟な資産承継及び財産の管理・運用・処分 | 本人の保護・支援 | 本人の保護・支援 |
効力発生時期 | 【信託契約の場合】 原則、自由に決められる(※)【遺言信託の場合】 原則、委託者死亡時 | 判断能力低下後、家庭裁判所への申立てを行うことによって後見人が選任された時 | 判断能力低下前に任意後見契約を締結しておき、判断能力が低下したら当該契約に基づき家庭裁判所に申立てを行ったことにより任意後見監督人が選任された時 |
権限 | 信託財産の管理・運用・処分 | ① 財産管理 | ① 財産管理 ② 法律行為(※2) ③ 身上監護権 |
監督機関 | – | 家庭裁判所・後見監督人 | 後見監督人 |
財産管理の主体 | 信託行為で定めた者(家族や親族等) | 裁判所が選任した者 (申立ての際に希望した後見人候補者が必ず選任されるとは限りません。) | 任意後見契約で定めた者 (場合によっては、裁判所によって専門職後見人が選任されることもあります。) |
上記の者への報酬の有無 | 原則:無報酬 例外:信託行為で報酬を定めた場合 | 後見人(及び、後見監督人が選任されれば後見監督人)への報酬あり | 後見人への報酬: 契約書で自由に定めること可後見監督人への報酬: 裁判所が定める報酬 |
財産の処分方法 | 信託の目的に従って、受託者が自由に処分することができる | 積極的な運用や、本人の利益にならないような(財産を目減りさせるような)処分行為は不可 | 積極的な運用や、本人の利益にならないような(財産を目減りさせるような)処分行為は不可 |
居住用不動産の処分 | 同上 | 合理的な理由がある場合に、裁判所の許可を得て処分可能 | 家庭裁判所や任意後見監督人の同意等は不要。 しかし、処分に合理的な理由がないのであれば後々問題になる可能性もあり。 |
犯罪による被害を受けた場合(悪徳商法、悪質な訪問販売等)の対応 | 受託者に当該法律行為を取り消す権限はない (※4) | 本人が契約してしまっても、後見人は当該法律行為の取消し可能 | 任意後見人に取消すことは不可 (※5) |
管理する財産の範囲 | 信託行為の中で自由に定めることが可能 (信託財産にする財産を自由に選択することができます) | 本人の財産を包括的に管理 | 同左 |
本人死亡による相続 | 本人が死亡した場合、信託財産(預貯金等)は凍結はされずに、受託者が信託行為に従って資産承継を行うことが可能。 | 後見業務が終了し、相続人や受遺者に相続財産を引き継ぐのみ。遺産整理や死後事務は相続人等が行うことになる。 | 同左 |
費用 | ① 信託設定コンサルティ ング費用(信託契約書作成費用や公証役場への手数料) ② 信託登記費用 ③ 受託者・受益者代理人・信託監督人への報酬(※6) | ① 後見申立て費用 ② 後見人・後見監督人への報酬(※7) | ① 任意後見契約書作成費用 ② 任意後見申立て費用 ③ 後見人・後見監督人への報酬 |
信託契約締結時に効力発生させる場合がほとんどです。
※2
代理する法律行為の範囲(代理権の範囲)を任意後見契約の中で定めます。
また、任意後見人には同意権・取消権はありません。
※3
監督機関の役割を果たす者として、『受益者代理人』や『信託監督人』を置くこともできます。
※4
そもそも信託財産に関しては受託者が管理しているので、そのような被害を受ける可能性は低いです。
※5
任意後見人には取消権はないので、民法や消費者契約法等によって対処することとなります。
※6
原則は無報酬ですが、信託行為において定めた場合のみ報酬が発生します。
(受益者代理人や信託監督人の設置は必須ではありません。)
※7
後見監督人は裁判所の職権で選任されることもあります。
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