理論上はできると考えますが、実務上それを行うかは別問題です。
※そもそも論になってしまいますが、認知症対策のような福祉型信託の場合、条件付きで信託契約を発動させるメリットはあまり考えにくいです。
さて、信託契約時に信託の効力を発動させるケースがほとんどかと思いますが、信託の効力発生時期として、“ある一定の条件が生じたら信託を発動させる”という旨のいわゆる“停止条件付信託契約”も可能とされています(信託法4条4項)。
※ 信託法4条において「信託は信託契約の締結によって効力を生ずる」と定められていることから、「信託契約の効力発生」と「信託の効力発生」は別個の観念とされており、かつ、同時に効力が発生することを前提としています(条解信託法49頁【道垣内弘人】)。
例えば、その条件として親(委託者)が認知症になったら信託の効力を発動させるという旨の定めをすることはどうでしょうか。
このケースは、とりあえず委託者と受託者で信託契約を締結するけれども、委託者である親が認知症になったら信託の効力を発動させるよ、というものですね。
このケースでは主に次のような問題点が考えられます。
【停止条件付信託契約の問題点】
問題点① :認知症になったかどうかの判断が難しい
問題点② :信託登記ができない可能性
問題点③ :受託者の信託口座への金銭の移動
まず“認知症”の定義が曖昧だという問題です。
医師の認知症である旨の診断書によって、認知症であることの推定はできますが、もしかしたら別の医師からは認知症ではないと診断される可能性もありますので、画一的な判断は難しいと考えられます。
認知症であることを客観的に証明することが難しいため、信託の発動条件である「認知症になったら」という判断ができない可能性もあります。
そうなると条件の成就ができないケースとして契約自体が無効とされてしまうことも否定できません。
そのような曖昧な判断に任せることしかできないものを条件として定めることは避けた方がいいかと思います。
なお、信託条項例としては次のような文言が考えられます。
(信託の効力発生)
第〇条 本信託は、委託者について医師2名以上によって後見相当(保佐、補助類型も含む)との診断書が作成されることを停止条件として、本信託契約に基づく信託の効力が発生するものとし、後の日付で作成された診断書の日付を信託開始日とする。
2 前項の規定にかかわらず、委託者が受託者に対して、信託の開始を求める意思表示をした場合には、その意思表示が受託者に到達した日を信託開始日として,本信託はその効力を生ずる。
仮に、認知症であることの確証が取れ、信託の効力を発動させたとしましょう。
そして、信託財産に不動産がある場合には、分別管理義務の一環として信託登記を行う必要があります(ここでは委託者から受託者への名義変更登記のことです。)。
この時、委託者である親の意思確認(信託登記をする意思、司法書士に委任する意思)をする必要がありますが、すでに親は認知症のため当該意思確認ができません。
そうなると信託による所有権移転登記ができないので、受託者の分別管理義務が果たせない事態が生じてしまいます。
また、登記委任状を停止条件付(認知症になったら委任契約の効力を発生させる)で委託者から前もってもらうことも考えられますが、同じように当該認知症の判断が難しいことに変わりはありません。
これも上記②と同じような理由ではありますが、信託契約が発動した時点で、委託者である親は認知症になっているわけですから、受託者の信託口口座(又は信託専用口座)へ委託者の金銭を移動させることが難しくなってしまいます。
ただし、移動させる方法もいくつかありますので、不可能ではないと思います。
しかし、困難であることには違いないので、やはり推奨できるものではありませんし、後見制度を利用しなければ信託を進められなくなるという可能性も十分に考えられます。
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