家族信託(民事信託)において、受託者は信託財産を管理・処分する権限を有します。
そして、その信託事務を処理する中で受託者は「善良な管理者の注意義務(善管注意義務)」を負うとされています。
これは信託事務をするに際して「注意を払う」ということではなく、信託事務遂行にあたって行われるべき具体的な行為内容を決定する基準となる概念とされています。
善良な管理者の注意は、受託者個人の能力を基準とするのではなく、その受託者の属する職業や地位等を考慮し、その職業や地位等にある者として通常要求される程度の注意能力が基準となるとされています。
つまり、受託者になる者が専門家であれば、その専門家として要求される注意能力が基準となり、専門家でない一般の者であれば、専門家が負うそれよりも軽度の注意能力が基準となるということになります。
この善管注意義務は、受託者が信託事務を処理する中での行動規範としての働きを有するとともに、受託者の行為が義務違反となるかどうかの判断基準となります。
受託者が善管注意義務を怠った場合には、損失てん補責任や原状回復責任を生じさせ、受託者の解任事由としての効果を有するものになり得ます。
例えば、信託行為の中で不動産の売却が信託事務処理として定められている場合、不動産鑑定をするか、何社の不動産屋から見積もりを取るか、どの程度価格交渉をするかなど、その具体的行為内容は善管注意義務に照らして決まることになります。
また、善管注意義務によって要求される行為が何かはそれぞれの信託によって異なります。
家族信託(民事信託)は、信託の目的を実現するために行うものです。
そのために要求される善管注意義務に則した信託事務処理の具体的行為内容はなにか。その指針となるものはやはり「信託目的」になります。
なお、信託行為に信託事務処理の具体的行為内容が明示されている場合にはそれによることになりますが、必ずしも明瞭でない場合や、受託者に相当な裁量が与えられているような場合は、とりわけ善管注意義務が働くことになるでしょう。
なお、この善管注意義務は任意規定であるため、信託行為において別段の定めを置くことにより、その義務の加重ないし軽減をすることが認められていますが、その義務を免除することはできないとされています。
※本記事は下記文献を参照しています。
新井誠「信託法」252頁~253頁
道垣内「条解信託法」172頁~175頁
道垣内「信託法 別巻」168頁~169頁
村松 他「概説 信託法」90頁~91頁
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