A(75歳)には、長男B(40歳)、次男C(35歳)がいます(妻とは離婚)。
Aは、自宅と金融資産(預貯金)を所有しています。
資産家というわけではなく、ごく一般的な家庭です。
Aの財産は長男であるBが管理しているのですが、今後、自宅を売却する場合や自宅を担保にして融資を受ける場合、少し大きなお金を窓口で動かすような場合などには、本人が直接動く必要があり、その時にAの判断能力が低下(認知症など)していたら、成年後見制度を使うしかないと聞きました。
成年後見制度は、裁判所への報告や、後見人や後見監督人への報酬を支払わないといけないなど、手間とお金がかかりそうで、できれば回避したいと考えています。
また、成年後見制度では、自宅不動産を処分する場合には裁判所の許可が必要とも聞いたことがあります。
Aは最近、認知症の症状が出るようになり、今後、判断能力が徐々に落ちていくことが予想されます。 Aとしては今のうちに対策がしたいと考えています。
Aと長男Bで信託契約を締結します。
Aは委託者兼受益者となるため、信託財産から生じる利益を受益者として享受することができます。
信託財産から必要な時にお金をもらうことや、毎月のお小遣いとして「月数万円」を信託財産からもらうように設定することも可能です。
長男Bは、受託者として信託財産の管理・処分・運用を行います。
不動産の登記名義は、受託者である長男B名義に登記(信託登記及び所有権移転登記)されることになります。
なお、これは信託財産を管理処分する者として「受託者 長男B」と形式的に登記されるのであり、“所有者”として登記されるわけではありません。(『信託登記簿例』をご覧ください。)
また、受託者である長男Bは、信託の目的に従い単独で自宅の修繕や建て替え、契約の更新や売買・担保権の設定等をすることも可能になります。
仮に、Aの判断能力が低下しても、長男Bは受託者として自己の判断で信託財産を処分することができます。
なお、受託者である長男Bに病気や不慮の事故、又は判断能力の低下(認知症など)があると信託事務が停滞してしまいますし、受託者不在の状態が1年経過すると信託が強制終了してしまい、信託の目的を達成することができなくなってしまいます。
そこで本件では次男Cを第二受託者に設定しています。
信託の終了時期としては、Aが死亡した時と設定しておきます。
本件信託は、Aの認知症対策、相続税対策、安定した生活の確保なので、Aが死亡した場合には終了することとし、残った信託財産(残余財産)の帰属権利者としては長男Bと次男Cに設定しています。(遺言代用信託)
【補足説明】
①本件スキームは自益信託(委託者と受益者が同じ)なので、信託設定時には税金は発生しません。(信託登記の登録免許税は発生します。) なお、信託が終了して残余財産が長男B及び次男Cに承継される時には、相続税の課税対象となります。
②受託者である長男Bの信託報酬を当事者で自由に設定(無報酬、月〇〇円など)することもできます。 受託者として信託事務を行う次男Bに対する労いのお金として、いくらか報酬を設定してもいいかもしれません。
③信託の受託者には身上監護権はないので、介護施設への入居契約や、各種医療の契約等を行う場合には、成年後見制度を利用する必要があります。
④Aは所有財産を全て信託財産にする必要はなく、どの財産を信託に組み入れるかを自由に決めることができます。
長男Bに管理・処分してほしいものだけを信託財産に組み入れて、それ以外の財産は自分で引続き管理処分していくことも可能です。
なお、信託財産に関しては信託の中で管理・承継するのでいいですが、信託を設定しなかった財産に関しては、Aの判断能力が低下(認知症等)した場合は実質凍結してしまいます。
その場合、信託財産に入れなかった財産については、別途遺言書や成年後見制度で相続対策・認知症対策することも検討しなければいけません。
⑤長男Bが信託事務に不安があるような場合などには、信託事務のサポートや受託者の監督機能、そして受益者の権利保護のために、信託監督人や受益者代理人の設置も検討するといいでしょう。