A(75歳)には、障がいを持った長男B(40歳)がいます。
Aの妻はすでに他界しています。
現在、長男Bの生活に関してはAが面倒を見ることができていますが、Aは今後、体力の低下や判断能力の低下(認知症等)など、自分にもしものことがあった場合に長男Bの生活がどうなるのか心配しています。
Aには自宅と預貯金がありますが、将来的にこれを長男Bに管理させることは難しいと考えています。
Aはまだ元気な今のうちに、財産を管理してくれる人と、自分が死んだ後の長男Bについても今と変わらないような生活が送れるように対策をしたいと希望しています。
幸いにも、Aには、甥や姪が近くに住んでおり、本件について協力的であるため、甥や姪に財産管理や長男Bの生活支援を任せられたらと考えています。
Aは、最終的に余った信託財産は、受託者として頑張ってくれた甥や姪にあげることや、慈善団体に寄付することもできたらと思っています。
Aと甥Cで信託契約を締結します。
Aは委託者兼受益者となるため、信託財産から生じる利益を受益者として享受することができます。
甥Cは、受託者として信託財産の管理・処分を行います。
不動産の登記名義は、受託者である甥C名義に登記(信託登記及び所有権移転登記)することになります。
なお、これは信託財産を管理処分する者として「受託者 甥C」と形式的に登記されるのであって、“所有者”として登記されるわけではありません。(『信託登記簿例』をご覧ください。)
また、受託者である甥Cは、仮に、Aの判断能力が低下しても、信託目的に従い自己の判断で信託財産を管理・処分をすることができます。
Aが死亡した場合には、第二受益者として長男Bを設定しておきます。
そうすることで、Aが死亡した場合には長男Bが信託財産の利益を享受することができるので、Aが死亡した後の長男Bの生活の安定を図ることができます。
(Aから長男Bへの変更時に相続税の課税対象となります。)
受託者である甥Cに対しては、受託者報酬として毎月いくらか支払うような設定にすることも検討するといいかもしれません。
また、本事例では、Aが高齢であることや、長男Bが障がいを持っていることから受益者代理人として司法書士を置き、信託が円滑に進むように対策をしています。
信託の終了時期としては、“A及び長男Bが死亡した時”と設定しておきます。
本件信託は、Aの認知症対策、及び障がいのある長男Bの安定した生活の確保なので、A及び長男Bが死亡した場合には終了することとし、残った信託財産(残余財産)については、甥や姪、又は慈善団体である社会福祉法人等に承継されるように設定しています。(遺言代用信託)
【補足説明】
①本件信託スキームは自益信託(委託者と受益者が同じ)なので、信託設定時には税金は発生しません。
A死亡によって受益者が長男Bに移った場合には、その時点で相続税の課税対象となります。
②Aは所有財産を全て信託財産にする必要はなく、どの財産を信託に組み入れるかを自由に決めることができます。甥や姪に管理してほしいものだけを信託財産に組み入れて、それ以外の財産は自分で引続き管理処分していくことも可能です。
その場合、信託財産に入れなかった財産については、別途遺言や後見制度で対応することも検討しなければいけません。
③受託者である甥Cが判断能力の低下(認知症など)や病気等になった場合、信託事務を行う者がいなくなり、信託事務が停滞してしまいます。
受託者不在のまま1年経過すると、信託が強制終了してしまいますので、それに備える意味であらかじめ姪Dを第二受託者に設定しています。
④本件のような信託は、比較的長期間になることから、後任の受益者代理人をあらかじめ定めておくことも検討するといいかもしれません。
⑤受託者が信託事務に不安があるような場合などには、信託事務のサポートや受託者の監督機能、そして受益者の権利保護のために、信託監督人や受益者代理人の設置も検討するといいでしょう。
⑥信託の受託者には身上監護権はないので、介護施設への入居契約や、各種医療の契約等を行う場合には、成年後見制度を利用する必要があります。