A(71歳)には、妻(67歳)と長女B(37歳)、長男C(35歳)がいます。
Aは、賃貸アパートを所有しており、金融資産(預貯金等)と合わせると相続税が発生するくらいの資産を有しています。
Aは今でこそ元気にしていますが、最近、たまに認知症の症状が出ていることもあります。
相続税対策としての生前贈与や、賃貸アパートの修繕・建替えなどを今後考えていますが、その時に判断能力が落ちてしまっていると、それらの相続税対策ができなくなると聞きました。
家族は、Aが認知症を発症してしまうと資産が凍結状態になってしまうので、それも心配しています。
また、Aは自分が死んだ後の妻の生活が困らないように、子供たちに財産を管理してほしいと希望しています。
妻は、難しい手続関係はできないと思うので、不動産屋に勤めている長男Cに全て任せられたらと考えています。
長女Bは結婚して遠方に住んでいるので、なかなか頼むことが難しいです。
Aと長男Cで信託契約を締結します。
Aは委託者兼受益者となるため、信託財産から生じる利益(賃料収入など)を受益者として享受することができます。
長男Cは、受託者として信託財産の管理・処分・運用を行います。
賃貸アパートの登記名義は、受託者である長男C名義に登記(信託登記及び所有権移転登記)されます。
なお、これは信託財産を管理処分する者として「受託者 長男C」と形式的に登記されるのであり、“所有者”として登記されるわけではありません。(『信託登記簿例』をご覧ください。)
また、受託者である長男Bは、相続税対策として、信託の目的に従い賃貸アパートの修繕や建て替え、契約の更新や、売買・担保権の設定等をすることも可能になります。
仮に、Aの判断能力が低下しても、長男Bは受託者として自己の判断で信託財産を管理・処分することができます。
Aが死亡した場合には、第二受益者として妻を設定しておきます。
そうすることで、Aが死亡した場合には妻が信託財産の利益を享受することができるので、Aが死亡した後の妻の生活の安定を図ることができます。
信託の終了時期としては、Aと妻が死亡した時と設定しておきます。
本件信託の目的は、Aの認知症対策、相続税対策、及び妻の安定した生活の確保なので、A及び妻が死亡した場合には終了することとし、残った信託財産(残余財産)については、帰属権利者として長女Bと長男Cが承継するように定めておきます。(遺言代用信託)
【補足説明】
①本件信託スキームは自益信託(委託者と受益者が同じ)なので、信託設定時には税金は発生しません。
しかし、Aが死亡して妻に受益権が移った時、そして、信託が終了して長女B及び長男Cに残余財産が承継された時、それぞれのタイミングで相続税の課税対象となります。
②受託者である長男Bの信託報酬を当事者で自由に設定(無報酬、月〇〇円など)することもできます。
受託者として信託事務を行う次男Bに対する労いのお金として、いくらか報酬を設定してもいいかもしれません。
③Aは所有財産を全て信託財産にする必要はなく、どの財産を信託に組み入れるかを自由に決めることができます。
長男Cに管理・処分してほしいものだけを信託財産に組み入れて、それ以外の財産は自分で引続き管理処分していくことも可能です。
なお、信託財産に関しては信託の中で管理・承継するのでいいですが、信託を設定しなかった財産に関しては、Aの判断能力が低下(認知症等)した場合は実質凍結してしまいます。
その場合、信託財産に入れなかった財産については、別途遺言書や成年後見制度で相続対策・認知症対策することも検討しなければいけません。
④長男Cが信託事務に不安があるような場合などには、信託事務のサポートや受託者の監督機能、そして受益者の権利保護のために、信託監督人や受益者代理人の設置も検討するといいでしょう。
⑤受託者である長男Cについても判断能力の低下(認知症など)や不慮の事故などがあった場合、信託事務を行う者がいなくなり信託事務が停滞してしまします。
受託者不在のまま1年経過すると、信託が強制終了してしまいますので、それに備える意味で長女Bや親族の方などを第二受託者に設定することも検討するといいかもしれません。
⑥信託の受託者には身上監護権はないので、介護施設への入居契約や、各種医療の契約等を行う場合には、成年後見制度を利用する必要があります。